進化心理学はどこまで有効なのか
進化心理学は、人間の心や行動を進化の観点から説明しようとする学問である。
人間は文化的な存在である。
言語を使い、制度を作り、道徳を語り、社会の中で生きている。
しかし同時に、人間は生物でもある。
食べる。
恐れる。
怒る。
子を守る。
仲間を作る。
裏切りを警戒する。
評判を気にする。
危険を避ける。
相手を選ぶ。
こうした行動や感情には、生物としての基盤があるのではないか。
その基盤は、進化の過程で形成されたものではないか。
これが、進化心理学の大きな出発点である。
進化心理学の基本的な考え方
進化心理学の一般的な考え方は、次のようにまとめられる。
人間の心は、進化の過程で形成された情報処理システムである。
その情報処理システムは、祖先がくり返し直面した生存や繁殖上の問題に対応するように作られている。
したがって、現代人の認知・感情・行動にも、進化的に形成された反応傾向が残っている。
たとえば、危険を避けることは生存に関わる。
毒や腐った食べ物を避けることも重要である。
子どもを守ることは、遺伝子の存続に関わる。
協力者を見つけ、裏切り者を避けることは、集団生活において重要である。
このような問題に対応するために、人間の心には特定の反応傾向が備わっているのではないか。
進化心理学は、そのように考える。
心は白紙ではない
進化心理学は、人間の心を完全な白紙とは見ない。
もちろん、人間の行動は文化や教育や経験によって大きく変わる。
しかし、文化だけですべてが作られるわけではない。
人間には、ある種の刺激に反応しやすい傾向がある。
- 危険なものに注意が向きやすい。
- 不潔なものに嫌悪を感じやすい。
- 子どもの泣き声に反応しやすい。
- 裏切りに敏感になりやすい。
- 他人からどう見られているかを気にしやすい。
こうした傾向は、単なる文化的習慣ではなく、生物としての反応基盤をもつ可能性がある。
ここに進化心理学の強みがある。
人間を、理性や文化だけで説明しない。
身体、繁殖、血縁、危険、協力、競争、評判といった生物学的条件からも見る。
これは、人間理解にとって重要な視点である。
領域特殊性という考え方
進化心理学で重要な考え方のひとつに、領域特殊性がある。
これは、人間の心がすべての問題を同じ汎用能力で処理しているのではなく、問題領域ごとに異なる処理傾向を持っている、という考え方である。
たとえば、次のような処理である。
- 顔を認識する。
- 言語を習得する。
- 恐怖を学習する。
- 食べ物の安全性を判断する。
- 血縁者に反応する。
- 社会的な裏切りを見抜く。
- 子どもの声に注意を向ける。
これらは、すべて同じ処理ではない。
人間の心には、特定の問題に対応しやすい領域特殊的な処理系がある。
この考え方自体は、かなり説得力がある。
実際、私たちは日常でも、問題ごとに違う反応をしている。
危険なものを見ると、身体が緊張する。
不潔なものを見ると、嫌悪が出る。
信頼できる相手には近づきやすい。
裏切った相手には警戒が立ち上がる。
こうした反応は、単なる抽象的な理性ではなく、領域ごとの反応傾向として見るほうが自然である。
進化心理学がよく扱うテーマ
進化心理学では、いくつかの典型的なテーマがある。
- 血縁選択
- 互恵的利他行動
- 裏切り者の検出
- 配偶者選択
- 親の投資
- 恐怖と嫌悪
- 地位、名誉、評判
- 嫉妬、怒り、感謝、罪悪感などの感情
これらは、人間の行動を進化的に説明するうえで、よく取り上げられる。
たとえば、血縁者を助ける傾向は、自分と共通する遺伝子を守ることにつながる。
血縁関係にない相手でも、将来助け返してくれるなら、助け合いは成立する。
集団生活では、協力者を見つけ、裏切り者を避けることが重要になる。
評判がよい個体は、協力相手や配偶相手として選ばれやすくなる。
このように考えると、人間の多くの行動は、進化的な機能をもつように見えてくる。
ここまでは、進化心理学の有効な部分である。
進化心理学が胡散臭くなる地点
ただし、進化心理学には危うさもある。
それは、説明が強くなりすぎるところである。
たとえば、次のような説明がある。
- 怒りは、裏切り者を罰するために進化した。
- 感謝は、互恵関係を維持するために進化した。
- 嫉妬は、配偶者を守るために進化した。
- 罪悪感は、集団から排除されないために進化した。
- 道徳感情は、協力を維持するために進化した。
こういう説明は、一見するとわかりやすい。
しかし、同時にかなり危ない。
なぜなら、怒り、感謝、嫉妬、罪悪感、道徳感情といった言葉は、かなり高次の心理語だからである。
これらは、単なる生理反応ではない。
- 身体反応
- 記憶
- 予測
- 自己意識
- 他者認識
- 言語
- 文化
- 社会規範
こうしたものが複雑に混ざった結果として、私たちはそれを「怒り」や「感謝」や「罪悪感」と呼んでいる。
その高次の感情語を、そのまま進化の説明単位にしてしまうと、現代人の内面語を過去の進化過程に投影することになる。
ここで、進化心理学は物語化しやすい。
感情ではなく、反応傾向から考えるべきである
より慎重に考えるなら、感情をいきなり説明単位にするべきではない。
たとえば、「感謝が進化した」と言うより、次のように分解したほうがよい。
- 助けてくれた個体に接近しやすくなる。
- その個体を安全な相手として記憶する。
- 将来の協力相手として優先する。
- その相手との関係を維持しようとする。
- 援助を受けたあと、緊張が下がる。
このような反応傾向があり、人間ではそれが言語化・文化化されて「感謝」と呼ばれる。
この順番のほうが安全である。
「復讐心が進化した」と言うより、次のように考えたほうがよい。
- 危害を加えた相手に警戒する。
- その相手を危険対象として記憶する。
- 次回の接近を避ける。
- 必要なら反撃する。
- 周囲にも危険個体として伝える。
人間では、それが怒り、恨み、応報感情、正義感として経験される。
つまり、進化したのは「感情そのもの」というより、まずは環境に対する反応傾向である。
感情は、その反応傾向が人間の認知・言語・文化の中でまとめられたものと見るべきである。
ドーキンス的な控えめさ
ここで参考になるのは、ドーキンスの『利己的な遺伝子』的な見方である。
「利己的な遺伝子」と言っても、遺伝子が考えているわけではない。
遺伝子に意志があるわけでもない。
そうではなく、自己複製に有利な効果をもつ遺伝子が、結果として残りやすい、という話である。
つまり、そこにあるのは意志ではなく、結果である。
心理ではなく、反応性である。
目的ではなく、選択の結果である。
進化心理学も、本来はこのくらい控えめでよいのではないか。
生物や遺伝子には、環境刺激に対する反応傾向がある。
その反応傾向のうち、生存や繁殖に有利だったものが残りやすい。
この程度の説明で十分な場面は多い。
ところが進化心理学は、人間の心を扱うため、どうしても「怒り」「感謝」「嫉妬」「道徳感情」といった心理語を使いたくなる。
心理学だから、それは当然でもある。
しかし、そこを強く扱いすぎると、説明が急に人間ドラマになる。
ここに胡散臭さが生まれる。
近接要因と究極要因を分ける
進化を考えるときには、近接要因と究極要因を分ける必要がある。
近接要因とは、今その行動がどう起きるかである。
- 神経
- ホルモン
- 身体反応
- 注意
- 記憶
- 学習
- 報酬系
- ストレス反応
こうしたものが近接要因である。
一方、究極要因とは、なぜそのような反応傾向が進化したのかである。
その反応が、どのような環境で、生存や繁殖に役立ったのか。
これが究極要因である。
進化心理学が危うくなるのは、この二つを混ぜるときである。
たとえば、
怒りは裏切り者を罰するために進化した。
という説明は、近接要因としての怒りと、究極要因としての協力維持を一気につなげている。
しかし、本来は、次のような近接機構をまず見るべきである。
- 危害や不公平を受ける。
- 身体が覚醒する。
- 相手への警戒が上がる。
- 攻撃・防衛準備が起きる。
- 記憶が強化される。
- 次回の相互作用が変わる。
そのうえで、こうした反応傾向が、反復的な社会関係において不利益を避ける機能を持った可能性がある、と考える。
この順番を守ると、説明はかなり堅くなる。
領域特殊性は有効だが、孤立モジュールではない
進化心理学の領域特殊性は有効である。
ただし、心を「独立したモジュールの寄せ集め」として見ると、また危うくなる。
- 恐怖モジュール
- 嫉妬モジュール
- 裏切り検出モジュール
- 感謝モジュール
- 道徳モジュール
このように名前をつけると、わかりやすい。
しかし、実際の心はそこまで単純ではない。
人間の反応は、複数の領域特殊的な処理が相互に作用して生まれる。
たとえば、誰かに失礼なことを言われたとき、怒りだけが起きるわけではない。
- 怒り
- 評判への不安
- 相手との関係
- 今後の利益
- 自分の立場
- 周囲の目
- 長期的な目標
これらが同時に動く。
つまり、領域特殊的な反応系はある。
しかし、それらは孤立しているのではなく、全体的な制御系と相互にフィードバックしている。
人間の心は、領域特殊的な反応系と、それらを調整する大きな制御系の相互作用として見るほうがよい。
メタ認知とは、反応のフィードバックを見る能力である
この観点から見ると、メタ認知も理解しやすくなる。
メタ認知とは、単に「自分を客観視すること」ではない。
- いま自分の中で、どの反応が強くなっているかを見る。
- その反応が、他の反応や全体目標と衝突していないかを見る。
- 必要なら、反応の強度や方向を調整する。
これがメタ認知である。
怒りが立ち上がっている。
しかし、ここで反撃すると長期的な関係が壊れる。
いったん黙る。
あとで事実だけ確認する。
不安が立ち上がっている。
しかし、今は疲労で危険を過大評価しているかもしれない。
今日は判断しない。
寝てから考える。
このように、領域特殊的な反応を、そのまま行動に直結させない。
全体の中で位置づけ、調整する。
これがメタ認知の働きである。
進化心理学が領域特殊性を強調するのはよい。
しかし、人間を考えるなら、その領域特殊反応を調整するフィードバック機構まで見なければならない。
道徳や倫理も、反応調整の高度化として見られる
利他行動や道徳についても、同じことが言える。
動物の段階では、次のような反応がある。
- 危険を知らせる。
- 血縁個体を助ける。
- 協力相手を優先する。
- 裏切り者を避ける。
- 安全な相手に近づく。
これはまだ、人間的な意味での道徳ではない。
しかし、社会的動物において、誰にどう反応するかを使い分ける能力は重要である。
- 誰を助けるか。
- 誰を避けるか。
- 誰を信頼するか。
- 誰を危険視するか。
- 誰の行動を評価するか。
こうした反応の使い分けが高度化すると、社会的評価が生まれる。
人間では、それが言語化され、共有され、制度化される。
- あの人は信頼できる。
- あの人は恩を忘れた。
- あの行為は正しい。
- あれは許されない。
このようにして、反応調整は評判、規範、倫理、道徳へと発展する。
ただし、ここでも注意が必要である。
「道徳感情が進化した」と強く言いすぎると危ない。
まずあるのは、社会的相手に対する反応傾向である。
その上に、言語、文化、制度、教育、宗教、法が乗る。
その総体として、人間の道徳が成立する。
進化心理学をどう使えばよいか
進化心理学は、人間行動を考えるうえで強力な補助線である。
人間を文化だけで見ない。
理性だけで見ない。
社会制度だけで見ない。
身体、血縁、危険、繁殖、協力、評判、反応傾向から見る。
これは大切である。
しかし、進化心理学を最終回答にしてはいけない。
- この感情は進化した。
- この行動は祖先環境で有利だった。
- だから人間はこういうものだ。
このように断定すると、説明は急に粗くなる。
進化心理学は、仮説を作る道具として使うのがよい。
- なぜこの行動は広く見られるのか。
- どのような環境で有利だった可能性があるのか。
- この感情は、どのような低次の反応傾向に分解できるのか。
- 文化や学習や制度によって、どのように変化するのか。
このように問うなら、進化心理学はかなり有効である。
まとめ
進化心理学は、人間の心や行動を生物としての進化から考える学問である。
その強みは、人間を白紙の文化的存在としてではなく、身体をもつ生物として見るところにある。
- 血縁
- 互恵性
- 裏切りの検出
- 危険回避
- 評判
- 配偶
- 子育て
- 地位
こうした問題を通して、人間の心にある反応傾向を考えることは有効である。
しかし、進化心理学は強く言いすぎることがある。
- 怒りが進化した。
- 感謝が進化した。
- 嫉妬が進化した。
- 道徳感情が進化した。
このように、高次の感情語をそのまま進化の説明単位にすると、説明は物語化しやすい。
本来は、まず低い階層から考えるべきである。
- 覚醒
- 接近
- 回避
- 警戒
- 記憶
- 学習
- 報酬
- 防衛
- 関係調整
こうした反応傾向が進化した。
人間では、それが認知、言語、文化、制度の中で、感情や道徳として経験される。
この順番で考えると、進化心理学の胡散臭さはかなり減る。
進化心理学は、捨てるべき学問ではない。
しかし、感情をそのまま進化の原因にしてはいけない。
進化したのは、まず反応傾向である。
感情や道徳は、その反応傾向が人間の社会と言語の中で高度化されたものである。
このくらいの慎重さを持つなら、進化心理学は、人間理解のための有効な道具になる。