社会的比較理論――Festingerから羨望・競争・シャーデンフロイデへ

1 社会的比較理論の問題設定

社会心理学の多くの理論は、個人が他者や集団をどのように認知し、その認知が感情や行動へとつながるのかを説明しようとしてきた。社会的比較理論は、その中でも非常に基礎的な位置を占める。人間は自分自身について知ろうとするとき、必ずしも客観的な尺度を利用できるわけではない。身長や体重であれば物理的な測定が可能だが、自分が賢いのか、仕事ができるのか、魅力的なのか、自分の考えが妥当なのかといった問題には、単純な物差しが存在しない。そこで人は他者を参照する。他者との比較を通じて、自分がどの位置にいるのかを理解しようとするのである。

この考えを理論として明確に提示したのが、Leon Festingerの1954年の論文 “A Theory of Social Comparison Processes” である。Festingerは、人間には自分の意見や能力を正確に評価しようとする欲求があり、客観的な基準が利用できない場合には、他者との比較によって自己評価を行うと考えた。

たとえば、ある試験で70点を取ったという事実だけでは、その人物が優秀なのかどうかは分からない。平均点が40点なら高い成績であり、平均点が95点なら低い成績になる。同じ70点でも、その意味は比較対象によって変化する。つまり、人間の自己評価は絶対値だけではなく、社会的な相対的位置によって構成されている。Festingerの理論は、この基本的な事実を社会心理学の中心的問題として提示した。

2 人は誰と比較するのか

Festingerが重要視したもう一つの点は、人が誰とでも無作為に比較するわけではないということである。比較対象として選ばれやすいのは、自分とある程度似ている人物である。年齢、所属、経験、能力、社会的立場などが近い人物ほど、その人物との違いが自己評価にとって意味を持ちやすい。

世界最高峰のピアニストと自分の演奏能力を比較しても、多くの人にとってそれは自己評価の基準にはなりにくい。しかし、同じ音楽学校に所属し、同じ教師に習い、同じ年代で、かつて同程度の評価を受けていた人物が大きく成功した場合、その成功は自分自身についての情報として強く作用する。「彼ができた」という事実が、「では、なぜ自分にはできないのか」という問いを生じさせるからである。

この意味で、社会的比較において重要なのは単なる能力差ではなく、比較対象との類似性や比較可能性である。後に羨望研究が発展していく際にも、この比較可能性は重要な条件として扱われるようになる。

3 上方比較・水平比較・下方比較

社会的比較は、現在では一般に上方比較、水平比較、下方比較という方向性によって整理される。自分より優れている人物を見る上方比較は、自己改善の動機を高めることもあれば、劣等感や羨望を生じさせることもある。自分と近い人物との水平比較は、自己評価にとって特に情報価値が高い。自分より不利な人物を見る下方比較は、「自分はまだましである」という形で自己評価を維持する働きを持つことがある。

ただし、これらの効果は単純ではない。上方比較が必ず自己評価を下げるわけでも、下方比較が必ず安心を生むわけでもない。比較対象との心理的距離、その領域が本人にとってどれほど重要か、自分にも同じ到達可能性があると感じるかなどによって、結果は大きく変化する。

現代の社会的比較研究では、比較の方向だけでなく、比較対象との「同一視」と「対比」が重要であると考えられている。上方比較の対象を「自分もそこへ到達できる人物」と見る場合には向上心が生じやすいが、「自分とは別世界の人間」あるいは「自分の地位を脅かす人物」と見る場合には、劣等感や羨望が生じやすくなる。

4 比較から感情が生まれるまで

ここから感情研究への接続が始まる。同じ優れた人物を見ても、「自分もあのようになりたい」と感じる場合もあれば、「なぜあいつばかり評価されるのか」と感じる場合もある。刺激としての成功者は同じでも、生じる感情は異なる。

この違いは、客観的な出来事そのものではなく、その出来事をどのように評価したかによって生じる。後にLazarusやSmith、Ellsworthらが発展させた認知的感情理論では、この評価過程を appraisal と呼ぶ。社会的比較は感情そのものではなく、その前段階に位置する認知過程として理解した方がよい。

上方比較が生じ、その比較が「到達可能な模範」と評価されれば尊敬や向上心につながる。一方で、「自分の地位を脅かす不公平な優位」と評価されれば、羨望や敵意につながる可能性がある。したがって、社会的比較と感情の間には、出来事に対する意味づけの過程が存在する。

5 能力だけでなく「意見」も比較される

Festingerの理論は能力比較だけを扱ったものではない。彼は意見の比較も重要視していた。客観的な正解が存在しない問題では、他者がどう考えているか自体が、自分の判断の妥当性を保証する情報になる。

「この政策は危険だ」「この人物は信用できない」「この映画は優れている」といった判断には、体重計のような測定器が存在しない。そこで周囲の人々が同じ評価をしていることが、自分の認識の正しさを支える。この仕組みは、自己評価だけでなく、集団の中で「何が現実なのか」が共有されていく過程にも関係する。

社会的比較理論は、この意味で後の同調研究、集団規範、社会的アイデンティティ、集団極性化などの研究へ接続していく重要な出発点となった。

6 社会的比較には個人差がある

社会的比較には個人差も存在する。GibbonsとBuunkは1999年、Iowa-Netherlands Comparison Orientation Measure、通称INCOMを開発し、他者との比較をどの程度頻繁に自己評価へ利用するかを測定した。

これにより、「人は社会的比較をする」という一般原理だけではなく、「比較を強く行う人と、比較への依存が弱い人がいる」という個人差も研究対象になった。社会的比較傾向が高い人ほど、他者の成績、容姿、地位、成功や失敗といった情報に影響されやすい可能性がある。

社会的比較理論は、ここで単なる集団心理の理論ではなく、個人差心理学とも接続するようになる。

7 社会的比較と神経科学

21世紀に入ると、社会的比較研究は神経科学にも拡張した。社会神経科学の研究では、人間の脳が絶対的な報酬だけでなく、他者との相対的位置にも敏感に反応することが示されている。

自分が利益を得たとしても、他者がそれ以上に大きな利益を得たと知ることで主観的評価が変化することがある。逆に、自分の利益が小さくても他者より有利であることが報酬的に感じられる場合がある。

このことは、社会的比較が単なる文化的習慣ではなく、人間の報酬系や社会的評価機構と深く結びついている可能性を示す。人間にとって「自分がどれだけ持っているか」と「他者と比べてどこにいるか」は、完全に独立した情報ではないのである。

8 行動経済学との接続

この点は行動経済学との接続において重要である。古典的な経済学では、自分の効用は主として自分自身が得た利益によって決まると仮定される。しかし実際の人間は、自分がどれだけ持っているかだけではなく、他者との相対的位置にも強く反応する。

自分の所得が増えていても、周囲の所得がそれ以上に増えれば満足度が下がる場合がある。このような現象は、不平等回避、相対所得、地位競争、最後通牒ゲーム、羨望、spiteなどの研究と結びついている。

社会的比較理論は、心理学と行動経済学を接続する一つの基礎理論として位置づけることができる。人間が絶対利益だけでなく相対順位にも価値を置くならば、経済行動のモデルにも社会的比較を組み込む必要が生じる。

9 進化心理学との接続

進化心理学との関係も考えられる。進化的環境において、資源、地位、配偶者、同盟相手などはしばしば相対的な競争の対象だった。絶対的にどれだけ資源を持っているかだけでなく、集団内でどの程度の順位にあるかが、生存や繁殖機会に影響した可能性がある。

その意味で、他者との比較によって自分の位置を継続的にモニターする心理機構には適応的価値があったと考えることができる。ただし、これはFestinger自身が提唱した説明ではなく、後代の進化心理学的な解釈である。原理の成立史と後代の説明を区別することは、学説史を学ぶ際に重要である。

10 社会的比較から羨望へ

社会的比較理論が現在の羨望研究にとって特に重要なのは、羨望が単純に「相手が優れているから」生じるのではなく、比較可能性、領域の重要性、地位差、到達可能性など複数の条件によって生じることを理解できるからである。

自分とは全く異なる世界にいる人物の成功よりも、自分と近い人物の成功の方が強い感情を引き起こす場合がある。ここから「良性羨望」と「悪性羨望」の区別が重要になる。前者では相手の優位を自己改善の基準として利用し、自分自身を高めようとする。後者では、自分を上げる代わりに相手を引き下げることで相対的位置を改善しようとする。

両者は、同じ上方比較から異なる行動経路が生じる例である。ここから、単なる比較の理論が、敵意や価値引き下げを説明する理論へと接続していく。

11 社会的比較から社会的アイデンティティへ

この段階で、社会的比較理論だけでは説明できない問題が現れる。人はなぜ「自分とあの人」を比較するだけでなく、「われわれと彼ら」を比較するのかという問題である。

個人の自己評価が集団の威信や所属意識と結びつくと、比較は個人間の問題から集団間関係へと変化する。ここからTajfelとTurnerの社会的アイデンティティ理論が必要になる。

社会的比較理論が「なぜ人は他者を見るのか」を説明したのに対し、社会的アイデンティティ理論は「なぜ他者が内集団と外集団に分けられ、その集団間比較が自己評価に組み込まれるのか」を説明する。この二つを結びつけることで、後のSCMやBIAS Map、羨望とシャーデンフロイデの研究まで見通すことができる。

12 社会的比較理論の位置づけ

高地位で有能な外集団との比較が生じ、その集団が競争相手として認識されると、尊敬ではなく羨望が形成される場合がある。その対象が失敗したときには、同情ではなくシャーデンフロイデが生じ、さらに価値引き下げや攻撃的行動が正当化されることもある。

この流れを詳細に理解するには、社会的比較だけでなく、社会的アイデンティティ、現実的集団葛藤、帰属、認知的感情理論、両価的偏見、SCM、BIAS Mapを順に学ぶ必要がある。

したがって、このシリーズでは、社会的比較理論を単独の古典理論として学ぶのではなく、後続理論の出発点として位置づける。Festingerから始まる問いは、「なぜ人は比較するのか」である。しかし、その問いは次第に、「なぜ集団を作るのか」「なぜ競争するのか」「なぜ相手の能力を認めながら敵意を持つのか」「なぜ他人の失敗を喜ぶのか」「なぜ集団全体への制裁が正義として成立するのか」という問題へ発展していく。

社会的比較理論は、その長い研究史の最初の山道なのである。