みんなが豊かだった時代ではなく、「下ではない」と思えた時代

かつての日本は「一億総中流」だった、とよく言われる。

しかし、この言葉をそのまま受け取ると、かなり危うい。日本人の大多数が実際に中流階級として安定した生活を送っていた、という意味では、おそらく正確ではない。

もともとの根拠になったのは、内閣府の「国民生活に関する世論調査」である。この調査では、自分の生活程度を「上」「中の上」「中の中」「中の下」「下」から選ばせていた。そして、「中の上」「中の中」「中の下」を合わせた回答が増えたことが、「中流意識」と呼ばれるようになった。1973年には、この「中」回答が90%に達したとされる。

ただし、ここで注意が必要である。

人々は「あなたは中流階級ですか」と聞かれたわけではない。「世間一般から見て、あなたの生活程度はどのくらいか」と聞かれたのである。「中の下」と答えた人まで含めて「中流」と呼ぶのは、かなり強い読み替えである。実際、社会調査の専門家の多くは、「中」をそのまま「中流」と読むことには否定的だとされている。

「一億総中流」は完全な幻想だったのか

では、「一億総中流」は完全な幻想だったのか。

そこまで単純でもない。

1970年代前後の日本では、所得格差が今より小さかった。1972年のジニ係数は0.314とされ、当時の日本は世界的にも平等な社会と評価されていた。ジニ係数は0に近いほど平等、1に近いほど不平等を示すので、0.314という数字はかなり平等寄りである。出典:労働政策研究・研修機構「所得格差」

さらに、耐久消費財が急速に普及した。1957年には白黒テレビ7.8%、電気洗濯機20.2%、電気冷蔵庫2.8%だった普及率が、1965年にはそれぞれ95.0%、78.1%、68.7%まで伸びたとされる。つまり、多くの家庭が短い期間に「ワンランク上の生活」を経験した。出典:秋葉原電気街振興会「第三章~高度成長と家電ブーム」

この変化は大きい。

ただし、それは「みんなが中流になった」というより、基礎的な生活財が広く行き渡ったということだった。冷蔵庫がある。洗濯機がある。テレビがある。子どもが高校に進む。団地や郊外住宅の生活像が広がる。こうしたものが、人々に「自分はもう下ではない」という感覚を与えた。

戦争と敗戦直後の記憶が、生活の基準になっていた

この感覚を理解するには、戦争と敗戦直後の記憶を外せない。

終戦直後の暮らしは、食糧や生活必需品の不足、配給の遅配・欠配、闇市、衣類不足に苦しむものだった。昭和館の説明でも、戦後の暮らしは物資不足によって「戦中を上回り、一層苦しいもの」とされている。出典:昭和館「戦後復興までの道のり —配給制度と人々の暮らし—」

そういう時代を知っている人にとって、1970年代の生活は、たとえ現代から見れば質素でも、大きな回復だった。

上流ではない。
しかし、戦中・戦後直後のような「下」ではない。
周囲も似たような生活をしている。
家電もそろい、食べるものもあり、子どもも学校へ行く。

ならば「中」と答える。

この感覚は自然である。

「中」と答える傾向は、日本だけの特殊現象ではなかった

しかも、「中」と答える傾向は日本だけの特殊現象ではなかった。1979年の国際比較調査では、「中」にあたる回答は日本で92.9%だったが、西ドイツ93.7%、フランス93.8%、アメリカ93.8%、シンガポール94.3%、カナダ94.8%など、日本以上の国もあった。つまり、「日本だけが特別に一億総中流だった」という説明は成り立ちにくい。

ここから見えてくるのは、「中流意識」は日本固有の奇跡ではなく、戦争・復興・成長を経験した社会に広く見られた、生活回復感の一種だった可能性である。

消費の対象が今より少なかった

もう一つ大きいのは、消費の対象が今より少なかったことである。

当時も欲しいものはあった。テレビ、冷蔵庫、洗濯機、自動車、クーラー、電話、進学、住宅。だが、現代のように、スマホ、通信費、サブスク、外食、旅行、美容、ブランド、塾、習い事、ネット環境、動画サービス、SNS上の生活演出までが、毎日目に入るわけではなかった。

昔は、収入が低くても、欲望を発生させる装置が今ほど強くなかった。

地方では特にそうである。地域の店に置いてある商品は限られていた。コンビニのように、毎週の新商品、期間限定スイーツ、コラボ商品、ホットスナック、カフェラテ、くじ、雑誌、キャラクター商品が並び続けるわけではない。欲しいけれど買えない、という経験以前に、そもそも欲望として立ち上がらないものが多かった。

現代は違う。

商品棚、テレビCM、SNS、YouTube、インフルエンサー、レビュー、ランキング、限定販売が、毎日「これは欲しいものです」と教えてくる。もともと欲しくなかったものまで、見せられ、煽られ、欲しいと思わされる。そして買えない。そのとき、人は所得の低さだけでなく、生活水準の低さを感じる。

現代の貧しさは、「見えているのに選べない」ことでもある

つまり、現代の貧しさは、単に「足りない」だけではない。

あるのに買えない。
見えているのに選べない。
欲しくなかったものまで欲しいと思わされる。

この構造が、昔よりはるかに強い。

だから、「一億総中流意識」とは、所得だけで説明できるものではない。

それは、戦争と敗戦直後の欠乏を基準にした生活回復感であり、耐久消費財の急速な普及による基礎的平等化であり、地域内の横並び感であり、まだ消費対象が限られていた時代の生活感覚だった。

一億総中流意識とは何だったのか

だから結論はこうである。

一億総中流とは、みんなが豊かだった時代ではない。多くの人が、戦争と欠乏の記憶、周囲との横並び、限られた消費世界の中で、「自分はもう下ではない」と感じることができた時代である。

この言葉を「昔の日本人はみんな中流だった」という意味で使うなら、それはかなり危うい。

しかし、「多くの人が中と答えやすい社会的条件があった」という意味なら、そこには確かに現実があった。

一億総中流意識とは、階級の消滅ではない。

それは、戦後の生活回復と、欲望のまだ小さかった消費社会が生んだ、ひとつの時代感覚だった。