なぜ社会科学に「一般理論」は存在しないのか?物理学との決定的な4つの違い
経済学や社会学を学んでいると、一つの疑問に突き当たります。「なぜ物理学のような、誰にでも、どこでも当てはまる完璧な方程式が生まれないのか?」という問いです。
最新の複雑系科学や認識論の視点から言えば、その答えは明快です。社会システムには、物理学が前提とする「数学的・構造的な条件」が根本的に欠落しているからです。
社会システムが抱える「4つの構造的カオス」
1. 再帰性:理論が事実を破壊する
物理法則は対象から独立していますが、社会理論は対象(人間)に学習され、利用されます。新しい経済予測が出れば、市場参加者はそれを逆手にとり、前提条件そのものを書き換えてしまいます。この「自己言及」のループが、不変の法則の定立を拒みます。
2. 非線形性:ミクロな揺らぎがマクロを飲み込む
物理学ではミクロとマクロを切り離して計算できますが、社会では一人の行動(ミクロ)がSNS等を通じて増幅され、国家レベルの変動(マクロ)を直接引き起こします。小さな変化が比例的に伝わらない「非線形」な世界では、単純な近似は通用しません。
3. 非エルゴード性:盤面が常に増築される
エネルギー保存則のような「変わらない前提」が社会にはありません。新しい技術や金融商品は、ゲームのルール(次元)を後から増やし続けます。次元が無限に拡張し続ける系において、固定された法則はすぐに陳腐化してしまいます。
4. 認知バイアス:不合理な構成単位
理論の基礎となる「人間」は、合理的な計算機ではありません。損失を過大評価し、ランダムな事象に意味を見出してしまう歪んだ存在です。この「不合理」という非ユークリッド的な前提の上に、正しい理論を築くことは不可能です。
予測から「適応メカニズム」の記述へ
社会科学が目指すべきゴールは、もはや「未来の状態をピンポイントで予測すること」であってはなりません。それは物理学の成功体験を誤って適用したカテゴリ・エラーです。
社会科学が真の普遍性を獲得するためには、「社会がいかにして自己を更新し続けるか」という進化のメカニズムそのものを記述することへシフトする必要があります。
不合理な個体の衝突から、いかにして「資本主義」や「国家」といった秩序が事後的に立ち上がり、また変化していくのか。その**「適応のダイナミズム」**を解明することこそが、新しい時代の社会科学が目指すべき真の伽藍なのです。