「Awesome」と「いみじ」の奇妙な一致
英語のawesomeと古代の日本語「いみじ」、時代も場所も全く異なる二つの単語に、全く同じ語感や運用が見られるのはなぜか?その理由について推測を混ぜつつ述べていきます。
日常会話で何気なく使う「ヤバい」や「えぐい」という褒め言葉。
私たちは無意識に、本来はネガティブな(恐ろしい)意味を持つ言葉を、最高の称賛として使っています。
実はこの現象、現代の若者言葉に限ったことではありません。千年前の平安貴族が使っていた古文単語から、現代のアメリカ人が使う英単語にいたるまで、「恐怖が最高の称賛に反転する」という全く同じ現象が起きているのです。
言語も文化も歴史も違う二つの世界で、なぜ完全に一致するバグが起きているのか。言葉の裏側に潜む、人間の奇妙な心理を解剖してみましょう。
1. 千年前の「ヤバい」=いみじ
古文の授業で多くの高校生を苦しめる「いみじ」という単語があります。
辞書を引くと、①すばらしい ②ひどい・悲しい と、真逆の意味が書かれています。
なぜこんな適当なことになっているのかというと、「いみじ」の語源が「忌む(いむ)」だからです。
「忌む」とは、神聖すぎるもの、あるいは不吉すぎるものに対して、「恐れ多くて近づけない(タブーである)」と畏れおののくことです。
平安貴族たちは、圧倒的な美貌や規格外の才能を目の当たりにしたとき、「これは人間が迂闊に触れてはいけない領域だ」と恐怖し、震えました。その限界突破の感情が、「(恐ろしいほど)すばらしい」という最高の褒め言葉に変化したのです。
2. 英語圏でも起きている「恐怖の反転」
驚くべきことに、これと一寸の狂いもない全く同じ現象が、英語の世界でも起きています。
ネイティブスピーカーが日常的に使う「すばらしい!」「最高!」を表す英単語の語源を見てみましょう。
- Awesome(オーサム):語源は「Awe(畏敬の念、大自然や神への恐れ)」。ちなみに、同じAweから派生した「Awful(オーフル)」は「最悪だ、ひどい」という意味になります。いみじのプラスとマイナスの分岐と完全に一致しています。
- Terrific(テリフィック):語源は「Terror(テロ、恐怖)」。直訳すれば「恐怖を引き起こすような」ですが、それが「(ゾッとするほど)見事だ」という称賛に反転しています。
- Tremendous(トレメンダス):語源はラテン語の「Tremere(恐怖でガタガタと震える)」。相手の凄まじさに震え上がっている状態を、そのまま称賛の言葉として使っています。
千年前の日本人が「忌む(いみじ)」と呟いたとき、海の向こうの人々も「恐怖(Terror)」や「震え(Tremble)」という言葉を使って、最高の感動を表現していたのです。
3. 控えめな推測:なぜ人間は「恐怖」で褒めるのか
文化も歴史も全く交わらない二つの言語圏で、なぜこれほどまでに完璧な一致が見られるのでしょうか。
一つの控えめな推測として、これは言語学の問題ではなく、私たちホモ・サピエンスの「認知のOS(限界値)」の仕様によるものではないかと考えられます。
人間は、自分の理解や想定の範囲内に収まるものを見たときには、「美しい(Beautiful)」「良い(Good)」という、理性的で安全な言葉を使うことができます。
しかし、自分の理解のキャパシティ(安全圏)を完全に破壊してくるような、圧倒的な大自然の風景や、規格外の才能、完璧すぎる美を突然突きつけられたとき、私たちの脳はどうなるでしょうか。
あまりのスケールの違いに脳の情報処理が追いつかず、自己の存在が脅かされるような、一種の「命の危機(防衛本能)」に近いアラートが鳴るのではないでしょうか。
哲学や美学の世界では、この感情を「崇高(The Sublime)」と呼びます。
私たちにとって、真の圧倒的な感動とは、心地よいものではなく「自己の枠組みを破壊してくる暴力(=恐怖)」として知覚される。だからこそ、その凄まじさを表現しようとしたとき、どれほど語彙を探しても「Beautiful」や「良きかな」では到底足りず、無意識のうちに「危険だ(ヤバい)」「震える(Tremendous)」「近づいてはならない(いみじ)」という、最大級の警報装置のスイッチを押してしまう。
「恐怖」と「絶賛」が同じ言葉で結ばれているという事実は、言葉の面白さであると同時に、「人間の理性がどこまで耐えられるか」という限界線の記録でもあるのです。