古文の単語帳を開いて、多くの高校生が大いに悩む瞬間があります。

それは、「いみじ」や「ゆゆし」という単語のページを見たときです。

  • いみじ: ①はなはだしい ②すばらしい ③ひどい、悲しい
  • ゆゆし: ①不吉だ、恐れ多い ②すばらしい ③はなはだしい

「すばらしい」という最高のプラス評価と、「ひどい」「不吉だ」という最悪のマイナス評価。なぜ、真逆の意味がひとつの単語に同居しているのでしょうか。「昔の人は適当だったのか?」と腹を立てながら、丸暗記に苦しんでいる人も多いはずです。

しかし、これは決して昔の人が適当だったわけではありません。言葉の「コアイメージ(本質)」さえ掴んでしまえば、この謎は一瞬で解けます。

古文の「いみじ」は、現代の「ヤバい」と全く同じである

結論から言いましょう。「いみじ」や「ゆゆし」の構造は、現代の私たちが日常的に使っている「ヤバい」という言葉と全く同じです。

現代語の「ヤバい」を辞書風にまとめてみましょう。

  • ヤバい: ①程度が激しい(ヤバいくらい暑い) ②すばらしい(このラーメン、ヤバい!) ③ひどい、ピンチだ(遅刻する、ヤバい!)

いかがでしょうか。見事に「いみじ」や「ゆゆし」の①〜③の意味と一致しています。

私たちは普段、「プラスのヤバい」と「マイナスのヤバい」を文脈によって無意識に使い分けていますが、千年前の平安貴族たちも全く同じことをしていたのです。

言葉のコアイメージは「感情の限界突破」

では、なぜ「いみじ(ヤバい)」は、プラスとマイナスの両方に振り切れるのでしょうか。

それは、これらの言葉の本当の意味(コアイメージ)が、良し悪しという方向性ではなく、「自分の理解や感情のキャパシティ(許容量)を超えている状態」を表しているからです。

「いみじ」の語源は、「忌む(いむ)」という言葉が形容詞化したものだと言われています。「忌む」とは、神聖なものや恐ろしいものに対して、普通の感覚では近づけない、触れてはいけないとタブー視する感覚です。

つまり、「普通じゃない、異常だ、規格外だ」というのが、この言葉の根っこにある意味です。

  • 目の前に、とんでもなく美しい絶世の美女が現れた。自分の理解を超えている。→「いみじ(すばらしい)」
  • 目の前で、信じられないほど悲惨な事件が起きた。自分の理解を超えている。→「いみじ(ひどい)」
  • とにかく今日は、異常なほど雪が降っている。→「いみじ(はなはだしい)」

このように、「いみじ」自体には最初からプラスやマイナスの意味があるわけではありません。

「限界を突破している(=程度がはなはだしい)」というコアイメージがあり、それが文脈(直面している状況)によって、プラスの異常さなのか、マイナスの異常さなのかに翻訳されているだけなのです。

暗記の呪縛から抜け出そう

古文単語を「1つの単語=複数の現代語訳」として機械的に丸暗記しようとすると、必ずどこかで限界が来ますし、何より勉強が苦痛になります。

しかし、「なぜその意味になるのか?」という言葉の根っこ(コアイメージ)に触れると、バラバラだった訳語がひとつの線で繋がります。千年前の平安貴族たちも、感動や恐怖で語彙力を失い、「いみじ……(ヤバい……)」と呟いていた。そう想像すると、古文が少しだけ血の通った人間の言葉に見えてこないでしょうか。

古文の勉強のコツは、日本語の訳を覚えることではなく、当時の人々の「感覚」を自分の中にインストールすることです。次に単語帳を開くときは、ぜひ「この言葉の本当の正体(コアイメージ)は何だろう?」と探りながら読んでみてください。